今予約する
The Pottinger HotelThe Pottinger Hotel

ホテルについて

ホテルについて

ザ・ポッティンガー香港

ポッティンジャーは、香港の賑やかなセントラル地区の中心の便利な立地にある、シックなブティックホテルです。史跡の見学や最高級のおもてなしを求める目の肥えた旅行者に理想的で、ゲストはこの素晴らしい立地を起点にして、香港最古でもっともダイナミックなエリアの1つでもあるオールドタウンセントラルを探索できます。オールドタウンセントラルには、築100年を越えるビルがモダンな超高層ビルと肩を並べ、屋台やローカルマーケットがビジネス街と共存しています。

ポッティンジャーには、68室のゆったりした客室とスイートがあります。スタイリッシュなデザインとモダンな利便性を、温かくパーソナルなふれ合いと組み合わせて、当ホテルは街の中心部でゲストをお迎えする安らぎの隠れ家を提供します。

アワード受賞歴
国内外の雑誌やお客さまからの評価によって受賞した主な賞をご案内いたします。
2019

Recommended Verified Luxury

Forbes Travel Guide
2018 - 2019

Luxury Boutique Hotel (East Asia)

World Luxury Hotel Awards
2018

Asia's Most Inspired Design Hotel

Boutique Hotel Awards
2016 – 2019

Certificate of Excellence

Tripadvisor
2014

Asia's Best City Boutique Hotel

Boutique Hotel Awards
Sino Hotels logo

Sino Group傘下であり、ホスピタリティ業界においてゆるぎないブランドとなったSino Hotelsは、ゲストのおひとりおひとりに個性があるように、多岐にわたりる個性的溢れるホテルのポートフォリオを提供しています。現代の旅慣れたお客様の興味をそそるような、そしてそのご期待に沿えるようなユニークな体験を、ホテルおよびその周辺にてご提供しております。

SINO HOTELS

歴史へのステップ

セントラル(中環)のポッティンガーストリートへようこそ。

歴史をたどる
セントラル(中環)地区

ザ・ポッティンガー香港(The Pottinger Hong Kong)は、香港のセントラル(中環)地区にあります。今日ではセントラル(中環)として知られるこのエリアは、1840年代までは小道があるだけの砂浜にすぎませんでした。イギリスが拠点をスタンレーから移転する際に相応しい場所としたのが、このセントラル(中環)地区でした。商業と行政の新たな中心地として、多くの中国人が仕事、貿易、富を得る機会を求めて移り住みました。山と海に囲まれた小さな土地は次第に人口密度を高め、1850年代には人口25,000人を超えました。

海浜地区にホンと呼ばれる貿易倉庫が建ち並んだセントラル(中環)地区は、貿易の中継拠点として急激な発展を遂げ、ついには珠江地域で最も重要な貿易港だった広東港をも追い抜きました。イギリス統治下の香港は、めざましい成長を実現し、セントラル(中環)地区はその中心となりました。土地の広さが限られていたため、香港では土地の拡張が繰り返されています。セントラル(中環)地区にあるクイーンズロードがもとの海岸線で、ザ・ポッティンガー香港は、150年前に浜辺があった場所からすぐの場所にあります。

central district
pottingerstreet
ポッティンガーストリート

ポッティンガーストリートは、その歴史を1850年代にまでさかのぼる、セントラル(中環)地区で最も古い歴史ある通りのひとつで、現在では第一級史跡街に指定されています。名前は、香港の初代総督サー・ヘンリー・エルドレッド・カーウェン・ポッティンガーに由来します。もとはクイーンズロードが海岸線沿いに走っていたため、クイーンズロードから始まるポッティンガーストリートは、いくつもの急斜面を経てハリウッドロードへと上っていきます。後代の拡張事業によって、ポッティンガーストリートは、セントラル(中環)地区の平坦な区域、コンノートロードに沿って北部にも拡張されました。

ポッティンガーストリートのうち、古くからある急斜面の通りには花崗岩の階段が続き、歩行者と籠だけが通れるようになっています。「石板街」という中国語の呼び名は、ここから来ています。独特で趣のある石段は、香港映画やテレビでも有名なロケ地となっています。

第二次世界大戦中には、空襲を避ける防空壕としてポッティンガーストリートの地下に75mのトンネルが掘られました。これは実際に利用されることはなく、崩落の危険から1980年代に埋め立てられました。

写真家、 ファン・ホ(何藩)

デザイン性の高いインテリアが特徴のザ・ポッティンガー香港では、香港が誇る写真家/映画監督、ファン・ホ(何藩)の作品の数々を展示しています。

ho fan
「私の思い出の中で、香港への思慕の念が絶えることは片時もない。中でも、写真を撮りたいと強く思わせてくれた場所、香港のセントラル (中環) のことを。」
何藩ho fan
ho fan

1931年、上海生まれのファン・ホは、14歳の時に父親からローライフレックスの二眼レフカメラをもらったことをきっかけに、写真の世界に引き込まれていきました。1949年に香港に居を移してからは、オールドセントラル地区の通りや路地、往時の香港の市場や露店の写真を撮るようになりました。1950~60年代のファン・ホの作品は創造性にあふれ、香港を映し出した象徴的な写真として今でも知られています。1958年から1965年にかけて、ファン・ホは、アメリカ写真協会(PSA)が選ぶ『世界のトップ写真家10人』に8回選出されました。

ファン・ホは、その長きに渡るキャリアを通じて、280を超える賞を授賞しました。ファン・ホの作品は、フランス国立図書館、サンフランシスコ近代美術館、メルボルン博物館をはじめ世界中の数多くの公的・私的コレクションに収められています。後には映画界にも進出しました。ショウ・スタジオ(邵氏兄弟電影公司)で俳優として活躍した後に監督に転向し、35年の映画界でのキャリアで27本の作品を残しています。

ファン・ホは、自らを旅行家、また「遊歩者」であると考え、1枚の完璧な写真を撮るために何時間も待ち、同じ場所に何カ月も通い続けました。陰影、照明、輪郭の扱いに独特の優れた手法を使い、にぎやかな市場や静かな路地をロマンティックでミステリアスな空気感で包んだ作品を残しています。ファン・ホの作品は、香港が味わってきた苦難の時と、必ずやり遂げてみせるという高らかな精神を同時に切りとり、数世代に渡って香港を特徴づけてきた2つの側面を映し出しています。

2016年に逝去するまでファン・ホは写真に日々取り組み、現代の写真技術を取り入れて、撮りためてきたネガフィルムから新しい作品を生み出しました。ネガの多くは、ファン・ホが地球上で最も愛し続けてきた場所、香港のセントラル(中環)で撮影したものです。